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2013年2月 富士山麓電気鉄道株式会社 株式募集チラシに見る今昔 (チラシ:富士みずほ通信所蔵 参考:富士山麓史、S52富士急行創立50周年記念出版) |
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A 大正14年6月富士山麓電気鉄道(株)株式募集チラシ(表)
この募集で1株50円10万株、一般公募8万3900株に対して 大正15年7月末13万株の応募があったそうです。(富士山麓史P566) |
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富士山麓電気鉄道株式会社(富士山麓電鉄)は現在の富士急行の前身の会社で、大正15年9月に創立大会が東京の帝国鉄道協会で開かれたそうです。 発起人は81名でした。 |
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B 富士山麓電気鉄道(株)株式募集チラシ(裏)
費用見積もり、当初計画路線図などが記載されています。 現在大月から河口湖までの路線ですが、当初計画では大月−山中湖畔 吉田−身延常葉駅(現在の下部温泉)に開設される予定だったようです。 |
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当初計画が予定通り行っていたら、現在の様子も大きく変わっていたでしょうね。 富士山麓電鉄は大月から吉田が昭和4年6月開業、富士吉田−河口湖間は昭和25年開業で現在に至っています。 今や鉄道から自動車による交通へと大きく変貌していますが、富士山麓電鉄は昭和35年社名を現在の富士急行株式会社に改め現在に至っています。 |
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C 富士山麓電鉄と同時に設立された富士山麓土地株式会社の株主提供地図
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岳麓開発は鉄道と土地開発の両建てで計画されました。土地開発では県有地300万坪を借り受け開発が行われようとしていました。この図はその株主への提供図面と思われます。下はその山中湖周辺の拡大図です。現在もこの延長上で開発が進んでいるのではないでしょうか。 | ||||||
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ページ頭に「今昔」と書きましたが、今回は昔のチラシと図面の羅列でした。 富士山コレクションとして、実資料を集めていますが、できたら系統的にまとめて、本当の意味で富士北麓における交通網の今昔をまとめることができればと考えています。少ない資料ですが、まとめたら富士みずほ通信で報告します。こうご期待。 |
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