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2013年12月(御師 菊谷坊所有文書から) 福地村 富士八景(平山秋月) |
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左の漢詩は福地村が発行した「富士八景」です。 福地村は現在の富士吉田市上吉田の旧名で、明治8年から昭和22年に村政が行われていました。 発行年がないので、いつ詠まれたものかは断定できませんが上記期間の情景を詠んだものと推察できます。 これによると当時の福地村界隈の名所は 1 平山 2 小倉山 3小佐野 4 鵜頭坂 5小御岳 6水峠 7 水上山 8船津 となります。 明治時代から昭和初期の漢詩なので簡単に解読できるだろうと高をくくったのが間違いでした。 今回は「平山明月」について私なりに解読してみました。 まず平山でつまづきました。左の「平山秋月」この平山がどこだか分からない。 色々聞いていくと大明見の上の方にあったとの情報が入ってきました。 地図を見るとありました。 現在の忍野村平山地区、多分ここのことでしょう。 次に漢詩に入りました。 滝水はそのまま滝の水の意味だろうと思います。平山近くの滝は多分富士見公園の鐘山の滝を詠んでいると思います。 次が問題でした。含むの次の文字、ノに虫に東、簡単そうな文字でしたが家にあった辞書では見つかりませんでした。 ひょんなことから異体字辞典の存在を知ったのでそれも調べたのですが出ていませんでした。 そこでネットで虫編に東の文字を調べるとJIS第四水準で読みは「とう」でしたが、意味が分かりません。 すると英語表記でrainbowとでていました。 確認のためにJIS第四水準が出ている新漢和大辞典を見つけ虫辺に東の漢字が今の虹と確認できました。 多分意味としてはこれで良いと思います。しかし、虫の頭にノがついた漢字は今だ未確認です。この文字はここまでとしました。 大堰は大きな堰(つつみ)でくずし字です。 郵はたまり場の意味、今の郵便に使われています。 平山明月は平山の地を月が明るく照らしている、こんな意味でしょう。 幾磨の次の火辺に禾(のぎ)は異体辞典によると今の「秋」でした。幾磨秋と置き換えると「何年も秋を飾ってきた」となりそうです。 清泉漱穢板橋上は清い水が穢れを洗い落としきれいにする様子を板の橋の上から眺めているような意味でしょう。 影落?華逖水流は華やかな平山に陽は落ち水は遠くに流れていくと言うところでしょうか。?華は華やかでにぎわっているような意味、逖はとおくへ行く意味のようだと思います。 間違っているかも分かりませんが、これだけ読むのに1ヶ月ぐらいかかってしまいました。 漢詩のようですが漢詩にはルールがあるようなので読み方はさらに分からないところです。私としては上吉田が福地村と呼ばれていたとき平山が水の流れがきれいな景勝地だったことが分かったので十分収穫でした。 あとの詩と漢詩も引き続き解読して最終的には今と比較したいと思っています。 私はこう読むとか、間違い指摘などなんでも結構ですのでメールなどいただければ嬉しいです。 乞うご期待 (難しい漢字はIMEパッドで変換しましたが、表示できないこともあるかも分かりません。左の原文をご覧ください。) 菊谷坊と古文書について 菊谷坊は富士吉田市上吉田にある御師(おし)の家で現在も富士講者を受け入れている数少ない家です。菊谷坊には江戸以前からの古文書などがありますが、今回の福地村富士八景はその中の1件です。今回コピーをさせていただきました。 |
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